司馬遼太郎「殉死」について

なおです。

 

先日、10数年ぶりに、司馬遼太郎の「殉死」を読んだ。

以前この本を読んだ時、司馬遼太郎乃木希典のことを「本当に嫌いなんだろうな!」と思いました。

改めて読み返すと、この、170ページ強の作品(文春文庫)では、乃木希典やロシア戦争当時の伊地知幸介のことを「無能」呼ばわりが数箇所出てくる。特に児玉源太郎からの目を通した職業軍人としての「乃木希典」の軍事能力は著しく低い様に書かれている。

 

現在でも職業人として、その技術に疎いのは致命的である。それが軍人となると最悪であることは容易に想像できる。旅順攻囲戦で乃木が率いる第三軍が出した死傷者はほぼ無駄死にに近い。(それが予期せぬ戦場だとしてもこの評価は変わらないだろう)

あくまでも、小説についての感想なので、実際のところはどうだったのかは分かりませんが。

ただ、両軍人を職業軍人として「無能」と評したくなる気持ちは、この「殉死」と同時代を描いた「坂の上の雲」両作品を読んでもっともだと思いました。(作者の腕というべきか、本当に愚劣な行動をとり続けたためかは正確に私には分かりませんが)

 

乃木希典日露戦争後、プロパガンダで軍神扱いされていたため司馬遼太郎は嫌っていたとも考えられますが、他に軍神扱いされていた広瀬武夫などは本作品ではそれほど悪くは書かれていないし、「坂の上の雲」でも広瀬武夫はむしろ好男児に書かれています。

 

 

余談ですが、司馬遼太郎は子孫に訴えられそうな気もしたので、調べたのですが、判例では高裁レベルではあるが、「故⼈に対する遺族の敬愛追慕の情も⼀種の⼈格的法益としてこれを保護すべきもの」と認めてはいる。城山三郎「落日燃ゆ」の広田弘毅の子孫が訴えた判例ですが、広田の死後44年たってからの発表された小説の判決だったため、請求は認容されませんでした。そのことから、乃木希典や伊地知幸介などの子孫は勝てそうもなさそうです。(もっとも、「殉死」の作中乃木希典の家系は断絶していることが描かれている)

 

 

司馬遼太郎自身太平洋戦争に従軍し、この愚かな戦争がどのように起こったのか、知りたい気持ちで小説を書きだしたと語っていて、この明治の日露戦争まではなんとか正気を保っていたが、その後の日本は違ってしまい、敗戦を迎えたようなことを読んだ(多少ニュアンスは違っているかもしれないですが)

 

司馬遼太郎の作品を読むと、やはり抑えの利いたストーリー展開が目立つ。

例えば、司馬遼太郎自身好きだったと思える豊臣秀吉を書いた「新史太閤記」などは、晩年の愚行?ともいえる朝鮮出兵までは書かず、「坂の上の雲」でもポーツマス条約の条件に不満を持つ暴徒によって「日比谷焼き討ち事件」などが起こったがそれらのことについては、作品中では言及していない。

 

しかし、この「殉死」においては、「坂の上の雲」にも劣らず、乃木・伊地知の第三軍の幹部の失策を責めている。現場指揮官の失策で何万人もの死傷者を出す近代戦争において、無能とも思われる指揮官を(たとえ、予期せぬ戦場であったとしても)送り出す本部の責任も代だとは思うのだが、薩摩・長州のバランスをとった人事であったということは否めない。このことを考えると現在の会社等の組織運営にも示唆するところが多い。

ビジネスも戦争も「資源の選択と集中」の問題がテーマとしてあるため、参考になるケースが多い。そのことは、前回「真説孫子」についての感想のブログにも記載しました。

 

また、このような失策を犯しておきながら、後年乃木は軍神に祭り上げられてしまった。(これは乃木のせいではないのだが)

 

 

精神主義と規律主義は無能者にとって絶好の隠れ蓑であると「坂の上の雲」のあとがき三に記載があり前者が、乃木希典、後者が寺内正毅を例えて一旦弁護しているように書いているがかなり辛辣である。精神主義と規律主義はどちらもリゴリズム(厳格主義・厳粛主義)という点では変わりない。(どちらも長州派閥)

 

司馬遼太郎の原点ともいえる太平洋戦争は、薩摩の海軍・長州の陸軍といったような図式があり、幕末から続くファナティシズムともとれる長州の遺伝子が司馬遼太郎のいう愚劣な戦争に巻き込んだといったともとれるし、それにブラスして、日清・日露戦争での成功体験を引きずるもの(特に陸軍)は、変化に対応できないといった教訓を無視した愚行が起こした大戦との見方もできる。(非常にザックリとした感想で恥ずかしいのですが、司馬遼太郎の作品のみを読んでいるとこのような感想もあながち間違っていないようにも思える)

 

司馬遼太郎の著作において、歴史は、軍人どもが戦術を変換したがらないことを示している。しかしながら、と同時に、歴史は、戦術転換を断行した軍人が必ず勝つことを示している。(国盗り物語)とあり「殉死」では軍人ほど過去の経験が意識を決定しがちな種類の人間はいないであろう。との記載がある。

 

成功体験とは、それほど甘美なものなのだろう。怠惰・思考停止・組織の硬直化などが挙げられる。また、それを変換できるものが、勝利を得ることを司馬遼太郎は以前から著作で書いている。

 

司馬遼太郎は小説家であり、ありあまる資料を駆使して自説を補強する。

歴史的事実から思考を積み重ねて、『余談ながら・・・』で始まる小説の形式を無視した自身の主張などを述べていくスタイルがおなじみである。

普通の大学の歴史学の教授などより、持っている資料や蓄積した知識が圧倒する。

小説といった形式は学術論文などと違って、自由である。さらに、小説という形式なので、ほとんど責任がない。

事実、国民的作家といわれ司馬史観などと言われているが、かなり事実と異なった表現を使った作品が多い。(ほとんどが、意図して書いたと思われるのだが・・・)

 

ただ、「殉死」や「坂の上の雲」のような近現代でしかも戦争を描くということで、作者の得意とする、事実から思考を積み重ねていくといった手法がとりにくかったのではないかと思う。(ただ、「坂の上の雲」では長編とのこともあり、抑制の利いた文章にはなっていると思えるのですが・・・)

だからといっては何ですが、「殉死」においては、珍しく作中において、著者の苛立ちとも思えるような表現が垣間見える気がします。

 

読書感想文というわけでもないのですが、久しぶりに司馬遼太郎の作品を再読したため、思いつくまま少し書いてみました。